アカデミーもやっと終わり、自分の時間を満喫しようとただ思っていただけだったはずが。
やっぱり俺って、ついてないのかも…と実感した一日だった。
第1章 「思惑」
これまでも変化の術で,やや年を二十歳前後に設定して図書館に行こうとしたことは何度もあった。
でも誰も俺だなんて気づいたやつなんていなかったけど。
さすが火影様なだけあって、悔しいけど里のことをよく見てやがる。
「おぬしなかなかやるのう。わしでなければ見抜けなかったじゃろう。」
「そうっすか。簡単に見抜かれちゃって俺なんてまだまだですよ。」
この程度の術ならアカデミーで習っていても不思議ではない。
それなのになぜに火影は俺に興味を示すのか。
火影は立ち話もなんなので…ということで執務室にと誘われる。
木の葉の人間なら火影に誘いを受ければ、断ることなんてできない。
そんなことをすれば親にどんな迷惑をかけるかわからないのだ。
最もそんな理由で何をするのか、とも思うのだが。
仕方なく、無言のまま火影の後をついていった。
部屋に入って、アカデミーのことを聞かれ答える。
そういう他愛も無い話が続く。
何が聞きたいのか。
火影の思惑がなんなのかわからずに、その場にいるとトントンとドアをたたく音が聞こえた。
「奈良シカクただいま参りました。」
…おい、親父かよ。
いつ親父を呼ぶように命令を出したのかまったく気づかなかったけど。
この場に親父が来たことに、少しばかり安心を感じつつ、親父に喧しく言われそうな予感がして…頭が痛くなった。
親父は俺がこの場にいるのを知らなかったらしく、珍しく驚いている。
あんなに驚いたところを見たのは久しぶりだ。
確かにアカデミーに通う息子が火影と一緒にいるなんて想像出来ないだろう。
親父の心情を察すると、少し同情した。
そのようなことをと考えながらボーとしていると、親父がチラッとこっちを責めるように見た。
面倒ごとに巻き込んで悪いなぁと思いもあり、すぐに俺は目をそらしてしまった。
「確かに変化の術はアカデミーで習う基本的な術ではある。じゃが術の精度が並みのものじゃなかったので目を引いたのじゃ。それでその辺の事を親御さんに聞いてみたいと思ってのぅ。何か特別な修行でもつけておるのか。」
火影はチラッと俺のほうを意味ありげに見る。
「いえ。息子はめんどくさがりでして、私と修行などめったに致しません。アカデミーでも成績は下から数えたほうが早いと聞いています。火影様が注目されるようなことは何も無いと思いますが。」
確かに表向きはそうだ。
アカデミーの授業もまったく聞いておらず、寝てばかりである。
習うまでも無くすでに知っていることなので興味が無いだけなのだが。
だが親父は何も聞かずとも、俺の実力について少しは気づいていると思う。
他の子とかなり違う俺のことを受け入れてくれている両親には感謝しているが、どうしても知りたいという感情が抑えきれないのだ。
年寄りみたいに落ち着いているといわれても、実際はまだまだ子供。
自分の関心を抑えることできず、たびたび無茶をしてしまう。
もちろん何があったか、は親には内緒だ。
「ふうむ。じゃが頭もなかなかよさそうじゃ。察するに中忍以上の実力は持っていると思うのじゃが。」
「それは買いかぶりだと思いますが、火影様はどうなされたいのでしょうか。」
「やっと前線の忍びは数が足りてきたのじゃが、情報を扱う部署の忍びがあまり育ってなくてのぅ。有能なものがおれば使いたいと思っておるのじゃよ。戦略を立てるものがしっかしておらぬと、任務に向かうものが安心していけぬからのぅ。」
俺を無視して火影と親父の会話は進む。
火影の申し出はあまりに思いがけないもので。
親父は驚きでゴクリ、と息を呑む。
「し、しかし息子はまだアカデミーに通う身です。それに実力が無いのにそのような重要な部署で働くのは危ないかと存じます!。」
シカマルの実力をはっきりと知らないシカクは、とにかく火影の考えを変えようと必死だった。
情報を扱う機関に属すれば、他の里の忍びから狙われることになるかもしれない。
いくら相手が火影といえども、シカクには息子を里のために危険にさらす気などさらさら無かった。
「わしもそう思うのじゃが。何せ他に推薦するものがおってのう。そのものが言うにはシカマルには上忍以上の実力が絶対にあるというんじゃ。まさか会っただけでこんなことは言わぬよ。」
「は?それは誰なのですか?そのようなことをおっしゃっているのは…」
シカマルの人事を火影の直感だけで決めたと思っていたシカクは拍子抜けしたのだろう。
だがそれを言ったのが誰か、そしてなぜそんなことを知っていたのか、シカクもシカマルも別の意味で気になっていた。
シカクは親でも知らないことをなぜ知っているのかを、そしてシカマルはそんなことを知っているやつの狙いは何なのかを…
「詳しくは言えぬのじゃが。図書館で見かけたり、難しい術の練習をしているところを見かけてこれは戦力になると思ったと言っておった。気になっていろいろと調べたそうだ。だが結構回りを警戒していたので、調べるのに骨がおりたと言っておった。」
汗がだらだらと流れる。
親父の視線を背中にびしびしと感じた。
そう確かに図書館にはしょっちゅう行っていたし、知らない術を見たらすぐ練習していた。
だがそういう時は周りに誰もいないときを狙っていたし、半径1キロぐらいの気配は探っていたつもりだ。
バレるようなへまはしていないと思っていたのだが、どうも甘かったらしい。
「それを報告したのは誰なのでしょうか?その報告が真実とは限りませんし…」
確実に親父は事実だと確信しているのだろうが、まだあぶない目にあわせたくないと思っているのだろう。
身から出たさびだけに、本当に親父に頭が下がる。
「報告をしたものはな…まぁこれくらい言っても大丈夫じゃろう。お主も暗部をしていたから知っておると思うのじゃが、海<カイ>じゃよ。」
「海ですか!?まさか…あの方だったとは…」
海とは暗部で一番の実力者と言われている忍びである。
正体は一切不明であるが、烏の面をかぶっていることしか知られていない。
そこまで有名になると暗部に属していても、はたけカカシのように正体が割れるのだが。
だが性格は暗部にしては珍しく温厚で、仲間からは慕われていると聞く。
その海がシカマルに目をつけたのは悲しむべきか、喜ぶべきか…どちらにしろシカマルの実力は保障されたことになる。
これでシカクの逃げ道は無くなった。
現在確かに里の中で情報機関の人材は不足しているのは周知の事実だ。
そこで働いている友達は寝る間も無いと嘆いていた。
海推薦ともなれば、火影が子供でも使いたいと思うのは無理も無いだろう。
しかし…
「おい、シカマル。お前はどうしたいんだ?実力を隠していたことは忍びなら当然のことだ。だから俺は気にしていない。だがおまえがしたくないのなら…」
俺の気持ちを親父は最優先しようと考えているようだ。
火影に逆らってもいいことなんてひとつも無いのに…馬鹿な親父だ。
この場に火影が親父を呼んだ理由だって、俺に断らせないために決まっている。
一人なら絶対めんどくせーって断ってるし。
めんどくさい、本当にめんどくさいんだけど…話だけでも聞いてみるか。
「親父無理すんなよ。火影様俺をどの部署におきたいんですか?話を聞いてから決めます。」
「そう怖い顔をするでない。部署は…まずは暗号解析部などでためしにしてみるのがいいかと思っておる。いきなり戦略を立てろと言うのもあれじゃからな。」
確かに戦略に行くと表立つことが多くなる。
反面、暗号解析部に回ってくる仕事といえば任務で持ち帰った暗号などだけであった。
解部のメンバーは暗号大好きな人と変人と呼ばれる部類の人が多いので、園中にいればあまり目立つことも無いだろう。
それに難解な暗号というのにも興味はある。
そういう方面には特に。
海と言う忍者に聞いていたのだろう。
まったく…俺の思考を読まれているようでむかつく。
「それでアカデミーのほうはどうなるのでしょうか?忍者としての階級も気になります。」
「そうじゃのぅ。アカデミーのほうはお主の好きにしてよい。やめるのなら中忍か、上忍の階級を与えてもよいし、…アカデミーを卒業してからでもよいが。」
「そうですか…ではアカデミーの方へは今まで通り通わせていただきます。暗号にも興味はありますし…実践に出ないという条件でならお受けいたします。」
「そうかそうか。礼を言うぞ。」
新しい戦力を得られて嬉しいのか火影はホクホク顔だ。
親父は心配そうに俺のほうを伺っていた。
「シカマル…嫌ならいいんだぞ?別にしなくても。」
「親父気にすんなよ。確かに暗号を解くのは好きだし、興味もあるから。それと俺の友達も一緒に入れたいのですがよろしいでしょうか。」
「ほぅ。おぬしほどの実力者か?海の報告には無かったが。どの程度の実力を持っているのじゃ?」
「私のように自分から動くようなことはしておりませんので…ただ私が仕入れた術をよく教えておりますので中忍レベルの実力はあるかと思います。私の助っ人として認めていただければ結構です。」
「ふぅむ。そのものの名を聞いてよいかの?本人に会ってみなければどうとはいえぬ。」
俺だけこんなめんどくさいことに付き合ってられるか!
あいつらも巻き込んでやる!
と息込んでいた俺だったが、果たして名前を言っていいのか迷っていた。
俺の中で手伝いをさせることは決定事項だったが、名前を知られるとややこしいことになる。
「名前は本人に聞いてみないと言えません。言うとこういう風に呼び出されますからね。」
シカマルは嫌味のつもりだったが、火影は気づいてない風を装った。
せっかく思い通りにことが運んだのに、ここでシカマルにへそを曲げられたのではたまったものではないと思っているのだろう。
「そうか。じゃあそのものの話は後でするということにして、とりあえずシカマルは暗号解析部に所属するということでよいな?書類にも本名は書かぬようにしておく。」
「ありがとうございます。いつから私は働くことになるのですか?」
「そうじゃのぅ。登録を済ませて…シカクに正確な日時は知らせるが、一週間ほど後になるじゃろう。」
「あのぅ、火影様。ほんとにシカマルを解部にやるのですか?」
「心配するでない。ご子息を危険にさらすようなことはせん。できる限り正体は隠しておくからのぅ。」
「どうも。おいシカマル!やるからには精一杯するんだぞ!」
火影に一礼した後、シカクはシカマルの頭をガシガシと撫で回した。
不器用な言葉だったけど、シカクにとって精一杯の励ましであった。
他の子供より一足先にしのびの社会に出て行く息子への…
「して…シカマルよ。名前は何とするか?」
「俺の名は…こく、黒雲ですね。影と言う字を使ってもいいんですけど、奈良に結びつきそうですし。」
「黒雲か、よい名じゃ。それでは黒雲よ。頼んだぞ!」
「は!」
ひざを床に着きながら、返事をした。
その姿をシカクは複雑そうに見守っていた。
「「それでは失礼いたします」」
ぱたんっと、ドアを閉めた。
ドアの外にはわずかな気配しかしない。
忍びらしい歩き方だ。
火影は里に新しい忍びが育っていたことを喜んでいた。
そしてその親があれほどあの子とを思っているのであれば、いい忍びに育つだろうと未来に思いをはせて。
「なぁシカマル。ところで誰を道連れにするんだ?いい加減教えろよ。」
「う~ん、まぁ親父ならいいか。親父の友達の子供だよ。昔からの付き合いだし、鍛えれば何とかなるんじゃねぇかな。」
「何!?あの子らが?そんなに強いのか?」
「あぁ。俺ほどじゃないけど、かなり強いと思うぜ。頭もいいしな。明日でもアカデミーで話そうと思ってんだ。」
「そうか。それはいいがイノちゃんは難しいぞ?あそこの父親は娘を溺愛してるからなぁ。」
あごを手でさすりながら、難しい顔をしてシカクは言った。
「…ソウッスネ。…内緒かな。<ボソッ>」
「おいおい!俺に後始末させんなよ!あいつほんとにしつこいんだからな!」
「はいはい。ワカリマシタ~」
「おまえわかってねーだろ。それより帰ったら、今日のこと全部話してもらうからな。」
「…あ~なんか眠くなってきたなぁ。帰ったら昼寝しよ。」
「お前人の話し聞けよ。」