玄関は靴を置く場所とは別に、少し高さのある床が部屋の中に続いていた。
座るのにちょうどいいその高さにナルトは腰をかけて、シカマルが出てくるのを待つ。
先ほどのシカマルの父との掛け合いを思い出しながら。
あんなに暖かく知らない人に迎え入れてもらったことなんてなかったから。
シカマルの父親が俺に対して、自然に接してくれただけでも奇跡なのに。
すまなかったと謝罪までしてくれて。
あぁ、この人にシカマルは育てられたんだな、と感じた。
俺はこの腹に封印された九尾のおかげで、里中から憎まれて育ったから。
幼い頃に傍にいた人たちも皆俺を汚らしいもののようにさげずみ、扱われるのが日常で。
大人は皆、本当に信じることなんて出来ないと…思っていた。
その考えを今も変えることはできない。
俺を守ってくれた今は亡き三代目火影でさえ、必要とあらば俺を切り捨てただろうから。
もしその決断をじっちゃんがしていたとしても、俺は恨まなかった。それは火影としての責任の上に成り立つ判断なのだから。
じっちゃんは俺に様々な知識、強さ、そして感情を教えてくれた。
そしてじっちゃんなりに俺の居場所を作ってくれた。
…でももし、俺の本当の力を知ったらどう思われるのだろうか?
やはり、危険視されるのだろうか。
そんな未来は容易に想像できて、心の中に黒いものが沸き起こる。
未来について考えている時にふと頭に思いついた。知られなければいいのだ、と。
誰も知られなければ、俺の日常は壊されることはないはずだ。
ここまで考えて、あっとうつむいていた頭を上に上げる。
生まれた時から、虐げられてきた生育環境からか。
ナルトは常に何か危険があるかもしれないということを頭に入れて行動をするようにしていたので、ついつい悪い方向ばかりに向かってしまう。
そしてその悪い方向に考えたことが、大概当たってしまうので、余計に疑い深くなったのであるが。
ぼんやりと部屋の方を見つめながら、そんなことを考えていると、上の方で大きな音がした。
ナルトは上で動く気配を察知し、思わず立ち上がった。
ドタドタとどこからか音がして。
そんなに急がなくてもいいのに。
そう思いながらも、なるとの口元はゆるんでしまう。
シカマルらしくなくて…それが俺のせいだったら、嬉しい、と。
「すまん、待たせた。」
そう言いながら、玄関の方にシカマルは早足で駆け寄ってきた。
ナルトはシカマルの声を聞いて、遅い、と文句の一つでも言ってやろうと、シカマルの方に向いた。
見た瞬間、息を吸うのを忘れるくらい。
自分でも自覚できるくらい目を見開いて、じっと見つめていた。
いつもは上で一つ結びにされている頭も、今日は下に降ろされていて。
服装もいつもと違い、全身黒で統一されていてかっこいい。
髪も瞳も黒で暗くなってもおかしくないのに、影を操る家系だからか黒をまとうその姿はとてもよく似合っている。
今まで何で気づかなかったんだろう、ってくらい、男前で。
サスケをかっこいいって、女の子は叫んでいたことに疑問が浮かぶくらい、決まってる。
誰かの容姿をほめるなんて初めてだったけど。
言葉にならない言葉がのどから出てくるのを押さえるだけで精一杯だった。
ほほが赤く染まってないかがとても心配で。
誰か鏡を貸してほしいくらい。
「おはよう。待たせたな。」
「うぅん。朝早くにごめんってば。寝てるかもなぁってちょっと思ったけど、やっぱ寝太郎だってばよ。」
ジーと見とれそうになりながらも、何とか視線をずらす。
俺はどんなに動揺することがあっても、演技だけは完璧にしなければならない。
シカマルにだって、それを悟られてはならないのに。
「情けねーけどその通りだな。起こされねーと寝たまんまだ。」
「あははは!シカマルっぽいってば。」
「売るせー。じゃぁ修行の成果を見せてもらいますか。」
「おう!びびるなってばよ?」
ナルトは見惚れそうになるのを抑え、シカマルから必死に目を離そうとした。
でも頭の中で先ほど瞳に焼きついたシカマルがチラチラと浮かび。
普通にいつもと違う格好の事を聞くのって、普通だよなとナルトは思い直す。
振り払うようにシカマルに話しかけようと見たら
「今日いつもと服装違うから大人っぽいな。似合ってるじゃん。」
カァァァと。
絶対に顔が赤くなってる!
くそっ!!感情がコントロールできないなんて初めてだ。
ほほがほてるのが押さえられない。
仕方がないから、シカマルの顔と逆の方向を向いて、崩れそうになった顔を隠す。
そしてこんなことくらいで動揺するな!と己自身を叱咤して。
「やっぱりぃ~?俺もそう思うってばよ。」
軽口をたたきながらも、シカマルのほうを見ることが出来ない。
ぜってぇ、こんな顔見せられない。
それに俺がそれ言いたいと思ってたのに…と落ち込みつつ。
そして動揺しているナルトの横では、不思議そうにシカマルがナルトを見つめていた。
俺、そんな変なこといったかな、と思いながら。
******
ずさぁぁぁ。
すごい音と共に大木がなぎ倒された。
というより引きちぎられた、と表現した方がいいかもしれない。
「どう?俺の新技!すごいってばよ!」
笑顔で振り返られ、どう、と聞かれ答えに詰まる。
すごすぎて驚いて固まってました!なんて。
とてもいえるわけがない。かっこ悪すぎて。
びっくりして固まった体をそのままに、思ったことをナルトに伝えた。
「あぁ、おまえすげぇな。」
あまり褒められることの少ないナルトはとても嬉しそうに笑った。
褒めておいてアレだけど、俺はその技を目にした時背筋が寒くなった。
術の構造はきわめて単純、印も必要ない。
だからナルトの放った術の構造は一目で理解できた。
しかし術を使うには、膨大な量のチャクラとそのチャクラをコントロールする高度な技術が必要とされるはずで。
俺が同じ術を使おうとしても、コントロールはできそうだが、チャクラが足りない分威力がなさ過ぎて術として成立しないだろう。
さすが三忍の一人である自来也から伝授されただけあるといえる。
それと同時に、俺とナルトの実力差がはっきり開いたことを実感した。
俺の扱う影の術は主に後方で味方を援護するためのものが多く、主に後方支援に使われている。
新たに親父に教えてもらった術も、遠隔距離から攻撃する術であったから接近戦では使いにくい。
俺に新しい術を見せることが出来て、ナルトはとても満足そうだ。
中忍試験から更に俺とナルトの間に差が開いたような気がした。
といっても、俺はそれほど落ち込んではいなかった。試験の時でさえ、勝てないと感じさせられていたから。
もともとナルトのように接近戦で、というよりは後方で頭脳戦の方が俺には性に合っている。
考えることの方が好きだったし、将棋と同じように忍びにも様々な特性があるはずだ。
だからあまり嫉妬心のようなものは浮かばなかった。(これが俺でなくキバであったら、敵愾心むき出しだったかもしれないが)
むしろ、ナルトがこの術を会得するために行った努力に賞賛を送りたい。
下忍が習得するにはそれなりのセンスと技術があっても難しいだろうから。
この術を見せるのは、正直嫌だった。
落ちこぼれだった俺が覚えるにはまだ早すぎるし、威力がありすぎる。
でも、勇気を出して、誘ってよかったと思う。
シカマルと話すだけで、俺の寂しかった心はどんどん潤いだすのだから。
そのせいで表情が崩れてないか、それだけが心配だ。
「へへ!ありがとうってば!」
「ところでその術、やっぱあの時一緒だった三忍の人に習ったのか?」
「そうだってばよ!でも教えてくれたのはエロ仙人…だけど、これを作った人は違うってばよ!」
エロ仙人?というナルトにそれ誰だよ、と突っ込みたくなったシカマルだったが、それをしては話が進まないと思い、気にしないことにした。
「じゃあ誰が作ったんだ?」
「聞いて驚くなってばよ!じ・つ・は、あの4代目火影さまが作ったんだってば!」
「…へぇ、そうなのか。」
「ぅおぃ!驚かないのかってばよ!」
普通に相槌を打つシカマルに思わずナルトはつっこむ。
「いや、十分驚いてるぜ。ただ、よく修得したな、と思ってな。」
「頑張ったってばよ!あの修行の日々は本当につらかったってば…」
などと感慨深く、思い出しながらナルトはオーバーに方をふるわせた。
その横で、シカマルは自分の手を見つめていた。
ナルトは思い出に浸っているように遠くを見ているようにしつつ、何か気に触ること言ったかな?と不安を感じていた。
ボワァ、と風が周囲に舞う。
「くそっ、やっぱり俺じゃ駄目だな」
シカマルの悔しそうな声が聞こえたが、俺は何が起こったのかわからなかった。
目の前に移るのは悔しそうに自分の手をにらむシカマルと、辺りに舞う木枯らしのように円を描く風。
ポカン、とした顔で見つめていたナルトにシカマルは気がつき、罰の悪そうな顔をした。
「やっぱ、うまくいかねぇや。俺じゃチャクラが足りなすぎるな。」
「……えぇぇぇぇえぇ~~!」
ナルトは素で大きな声で驚きの叫びを上げた。
「っていうか、なんでできてんの?」
俺は胡散臭そうにシカマルを見る。
いくらなんでもこの術を見ただけで、理解するなんて、並みの中忍には出来ないはずだ。
車輪眼を持っているカカシやサスケならば可能性はあるが…。
シカマルが見ただけでその術の構造がわかるはずがない、はず。
実は…偽者と変わっているのかも、なんて不穏な考えが俺の頭に浮かぶ。
「あ~、お前がやってんの見て。その術、印いらねーし楽そうだなって思って。」
…あ、これはシカマルだ。
この術、面倒くさくなさそうと思って試したんだ、絶対。
「俺、あんまり攻撃力のある術使えねーから、これ使えたら…と思ったんだけど、これじゃあ無理だな。」
何で俺のチャクラは少ないんだ、と文句タラタラなシカマルを、先ほどの動揺も忘れてじっと見つめてしまう。
何だこいつは。
俺でさえ、チャクラコントロールのこつをつかむのに少しだけ時間がかかったのに。といっても30分だけど。
いとも簡単に、しかも見ただけで。
いくらチャクラが足りずに、木枯らしになってしまったとしても、いち中忍どころか、並みの上忍でも難しいだろう。
「やっぱ、すげぇな。ナルトじゃなきゃこりゃ無理だな。」
いやいや、どこにすごさを感じているのか、わからないんだけど。
「俺は無難にサポートに撤することにしますか。」
あなたなら、修行次第でどうにでもなると思います!
「ところで、今日これからどうする?」
演じてきた仮面を放り出して、つっこみたい気持ちを必死に押し殺す。
アカデミー生の頃からの付き合いで、つい先日見た新たな一面に惹かれて、そして今俺はもう一つシカマルの知らなかった一面を知ることになった。
どれだけ自分を低く評価しているのかは知らないけれど。
低く評価するにもほどがある!
でも、その新たな一面を知って、かっこいい、と思ってしまう俺が末期過ぎて。
自己嫌悪に陥るけど。
俺の気持ちは引き返すことのできないところまで来ていて。
これから、今日のシカマルの姿を何度となく思い出すことだろう。
いつもと違う、俺だけが知るシカマルの姿を。
「飯でも食いいくかぁ?」
「う、うん。行くってば。もちろん一楽だってば?」
「またそこかよ、しかたねぇなぁ。」
「当然!楽しみだってば!。」
「俺、しょうゆ。」
「え!?何言ってるってば!ラーメンは絶対味噌味だって!」
「うるせーっての。しょうゆお願いしまーす。」
「うぅ…。おっちゃん、味噌一つ頼むってばよ。」