真っ黒に染まる森をゆっくりと。
微塵も気配は感じさせることなく黒い影が空を舞った。
「久しぶりに飲んだな。」
火照る頬が冷気にさらされて気持ちいい。
綱手にはホント、感謝だな。いい気分転換ができてよかった、と。
一際大きな大木の頂上に立って、ふぅと一息つく。
夕方綱手と居酒屋に向かおうとした時より、頭は冷えてきた。
冷静に考えてみる。
やっぱり、男なら女の子の方が良いだろう。
誰だって同性よりも異性のほうがいいに決まっている。
今日カカシに近づかれた時は少し気持ち悪かった。
俺だって、男に言い寄られるよりもかわいい女の子の方が嬉しい。
それに…シカマルと仲のよさそうな、テマリって子も綺麗だし、強いし…。
幼馴染のイノだって、優しいし仲間思いでいい奴だ。
男だし。器だし。だましてるし。
俺なんかより、全然いい。
シカマルとテマリの姿を頭に思い浮かべてみると。
とてもしっくりときて、お似合いのカップルのようだ。
そう、想像するだけで…。
胸が痛くなる。
全く、なんて様だ。
木の葉最強の忍びとして恐れられている俺が。
下忍の言動に、こんなに乱されてしまうなんて。
平常心を保とつことができない。
冷静に考えようとすればするほどに、浮上していた気分がどんどん降下していってしまう。
止めようと思っても、考え出したら止まらなくなって。
気がつけば体は完全に冷え切っていた。
クシュッ、とくしゃみを一つ。
風邪を引いてもおかしくないくらい、寒い。
さっさと家に帰ろう、と飛び立ちかけたナルトは何か気配を感じて、その方向へと神経を巡らした。
「これって…まさか。」
「親父も俺に頼まずに自分で行けばいいのに。ったくめんどくせー。」
瞬身の術で行けば一瞬なのに、とぼやきながらもそれが非常にめんどくさくて
奈良家の嫡男がこんな真夜中に一人で歩くなんて、と考えるかもしれない。
他の旧家や名家であればこんなことまずないだろう。
しかしその中で唯一、といっていいほど奈良家の教育方針は自由奔放だ。
他の家庭が過保護に見えるくらいには。
まぁ自分の身くらい自分で守れるだろう、との信頼のあらわれかもしれないが。
そういう事情でシカマルは真夜中にもかぎらず、縁者のもとへ奈良家特製の薬を届けた帰り道であった。
「あー、明日は任務か。中忍ってかったるいんだよな。下忍に戻りてー。」
とほほ、と肩を落としながら家へと急ぐ。
早く、家へと帰って床につきたい。
と考えていると、背後にかすかにだが気配を感じて。
身構えて警戒を強める。
ニャー。
と消え入りそうな泣き声が聞こえて、シカマルは少し気を抜いて。
「ん?猫の声か?」
茂みに顔を突っ込んでみると、子猫が寒さで震えていた。
頭から泥をかぶったかのように泥まみれな子猫。
自身がぬれるのも気にせずに子猫を優しく抱え、シカマルは仕方ねえなと笑う。
頭をなでて、湿った、それでも柔らかな毛の気持ちよさを味わいつつ。
「お前濡れてるけどあったけぇな、さっさと家帰るか、ミルクあるからな。」
猫を抱きかかえると、家への道を先ほどよりも急ぐ。
胸に抱える存在をいたわりながら。
「あっぶねぇ。あいつ、俺に気づいてた…訳じゃねぇよな。」
とナルトは言いながら、猫のいた茂みより少し離れた茂みを離れた。
まず、ありえないことだろうけど。
完全に気配を消していたから。それも全力を持って。
中忍どころか今暗部に属しているものの誰であっても気づくことはできないだろう。
だからシカマルが感じていた気配は俺じゃないはずだ。
「猫、だよな。シカマルが感じた気配って。」
とはいっても猫の発していた気配はとても弱弱しいもので。
その気配すら、よほど実力のある忍びでなければ気づけるものではない。
それなのに。
なぜかシカマルには
先日のことといい…本当に、お前は何なんだ?!とシカマルに問いただしたい。
周りの全ての者を騙している俺に言えた台詞ではないけれど。
でも。
それよりも聞きたいことは山ほどある。
俺のことどう思っているの?
テマリのこと…実は…
なんて、そんなこと聞けない。
そんな、勇気なんて持ち合わせていない。
なけなしの勇気を振り絞って以前シカマルに必殺技を見せるという口実で誘い出したあの一回きり。
その時は再会した勢いもあり誘うことができたけど。
口実無しで、シカマルを誘い出すなんて…。
「そういえば休暇くれるって言ってたよな。俺、どうしようかな。」
どうせ、休日をもらってもすることいえば家の掃除か修行くらいだ。
そんなのいつもとなんら変わらない。
俺ってさびしいやつなのかな。
なんてな、と笑うナルトの後姿はとても儚くて。
表の明るさどころか、先ほど綱手に発揮していた生意気さなんて微塵もない。
もしこの様を綱手が見ていれば「私になんで相談しないんだい!」と抱きしめていそうなくらい。
「でも偶然だけどシカマルに会えたし。明日いいことあるかも。」
最初は勘違いだろう、なんて思っていたシカマルへの思いはどんどん大きくなって。
シカマルのことを思うといろいろな感情があふれてしまう。
今まで知らなかった負の感情と、シカマルの姿を見るだけで喜びが。
先ほどシカマルの胸の中に抱かれた猫にさえ、嫉妬をしてしまう。
泥まみれの猫、なんてまるで俺のようだから。
猫だったらよかったのに。
と。
久しぶりの更新です。
最近忙しくて、、、
って言い訳なんですけど。。。
この状態が早くても夏まで続くので、しばらく投稿できそうにありません
時間を見つけて、がんばります!!
ちょっと短い上にこじつけ風味?
なかなかお題通りに書くのは難しい。
明け方、木の葉の里のはずれの石のベンチに横たわっているサクラが発見された。
その後、5代目火影綱手に急遽呼び出されたのは、ナルトだった。
綱手はナルトとの話し合いで、先日中忍へと昇格したシカマルを中心に下忍で構成された部隊でサスケを追うことを決める。
敵に関する情報が何も無く、下忍を向かわせるには難しい任務。
普段であればありえない選択。
綱手は渋ったが、主力の部隊が任務に出ている状態では他に選択肢は無く。
ナルトがいるから大丈夫だろう、と自分を納得させる。
そして何も知らされてないシカマルが呼び出され。
綱手は不安を隠し、シカマルにナルトを連れて行け、と言い、幸運を祈る。
数十分後、他の国と木の葉とを分け隔てる門の前にはシカマル、ナルト、チョウジ、キバ、ネジがそろい、決意も新たに旅立った。
門の中に、サクラとリーを残して。
サスケを救出に向かってから数日後、ナルトは木の葉の里の病院の天井を見上げていた。
ぼんやりと、それでいて何かを我慢するようなつらそうな表情で。
意識を取り戻して、教えられた仲間の状態のこと、サスケのこと、そしてこれからのことを。
ネジやチョウジは半死半生、シカマル、キバ、リーも砂の助けがなければ危なかったと聞いた。
やはりあそこで本気で戦っていれば…という後悔が頭の中を渦巻く。
俺が全力を出していれば、皆が傷つくことはなかったのではないだろうか。
仲間が俺を必死にサスケのところまで送り出そうとしてくれていたのに。
サスケのところまで辿り着いた俺はといえば、九尾のチャクラを最低限に抑えて、怪我を負い気絶するだけ。
サスケは戻らず、こちらに被害がでたという結果に終わった。
この結果を見ても、たいていのものならばよく帰還したというに違いない。
何しろこの時足止め役としてサスケに連れ立っていた音忍達は、任務帰りで疲労しているとはいえ木の葉の上忍と互角の戦いをし、手退けたのだから。
中忍に成り立ての隊長と下忍で編成されたチームでは到底勝ち目はない。
綱手が選抜した段階ではサスケと音忍の忍びが一緒という情報はなく、あくまでもサスケを連れ戻すということが目的だったのだから。
他の上忍・中忍は里外の任務に出て、人手が足りなかったというのも理由の一つではあった。
しかし綱手はナルトが実力を明かすかどうかの判断を本人にゆだねていた。
そしてナルトは実力を明かさなかった。
今はその時期ではない、と考えたからである。
「俺って、何なのかなぁ。」
いまさら後悔しても始まらないのに。
戦いの中で信じてもいいかもしれない、と感じた。
そう思えるようになった仲間の傷が俺のせいかもしれない、と考えると胸が痛くなる。
段々と気分が重くなっていく。
そして。
一度は命を助けられ仲間かもしれないと思ったこともあったのに、今は大蛇丸の元へと走り去ってしまったサスケのことを考え、頭が痛くなる。
彼の何が、彼をそう行動させたのか。
一族の復讐、兄への恨み、自分の不甲斐無さ、ナルトへの競争心…
一歩間違えばナルトも同じように、闇に身を落としていたかもしれない。
それほどに、境遇は似通っていた。
ただし違うのは…サスケの場合は最初から助けてくれるものも信望者も山ほどいたが、ナルトには火影しかいなかったという点である。
だからだろうか、サスケが里抜けした理由についても、いまいちナルトには理解できなかったのである。
でも、サスケのことを疎ましく思っていたのは事実で。
なぜ自分がサスケを助けなければならないのか、と思ったこともある。
でも一応、木の葉の仲間、であることは確かだ。
シカマルが言ったように。
仲間、だったのだ。
「あーあ、サクラにつれて帰るって約束したのになぁ。」
里を出る前に、会ったサクラのことを思い出し、更に頭に痛みを強く感じる。
自分の存在がぼろぼろと消えてなくなっていくように。
部屋には外から明るい光が差し込んできているのに、ナルトは自分の周りが闇のように暗くなっていくようだった。
自分が何者で、誰なのか、なにをしなければならないのか…なんて考えたくなって。
偽っている自分さえ、本当は全てが偽者ではないかとさえ感じられて。
全てを忘れたくなる。
そして、そこで思考が途絶えた。
******
「調子どうだ?」
ガラッとドアが開く音と共に、低く、そしてだるそうな声が病室に響く。
病室の主からの返事はなく、シカマルは寝ているのか、と見当をつけた。
奥へ行くと、別途にナルトが寝ているのが見えた。
珍しく、静かに…表情は幾分沈んで見えて。
起こすのはかわいそうだと、傍にあった椅子に座り。
シカマルは傷ついた自分の指を見つめた。
包帯でまかれた一本の指。
自分がこの任務の中で負った大きな傷といえばそれだけだ。
他の仲間は死ぬほどひどい怪我を負ったのに。
隊長として任務を負かされていたシカマルは胸が痛かった。
もう少し強ければ…他にもっと最善の道があったはずだと。
しかし先ほどテマリと親父にきついお灸をすえられて、涙を流したことを苦々しく思いながら。
次は絶対…と心の奥で決意をする。
今回の任務の失敗、仲間の重症は俺の至らぬせい。
だからこそ、次はもっと確実な方法で…。仲間だけは守ると固く誓う。
その決意を胸に再度、指に巻きつけられた包帯を見る。
がんばらねぇとな、という思いにかられ、俺らしくないな、と思っていると。
か細く、弱弱しい声が聞こえた。
「た、助けて…」
ごろ、とが寝返りを打ちながら、うなされるナルトの声に気がつき、大丈夫か、と心配になりナルトの顔をのぞく。
悪夢にうなされているのか、ひどく苦しそうだ。
慌てて俺はナルトの肩をつかんで、起こそうとがくがくと揺らした。
…!……ト!
誰かが何かを言っている声が聞こえる。
ここはどこだろう。
とても、暗くて、動くことが出来ない。
俺は誰だったけ?
と考え、頭のどこかで思い巣ことを拒否するかのように痛み出す。
きっと思い出さないほうが幸せなくらい、不幸な人生を俺は送っていたのかもしれない。
それでもここから逃げ出したくて、必死に助けを求める。
「…ト!ナルト!!」
切羽詰ったように懸命にナルト、と呼ぶ声に。
それまで暗闇のようだった辺りが、パァァと光で照らされたように明るくなる。
思いだした。
ナルト…
それは俺の名前。
いつも忘れたくて、他の誰かになりたいくらい嫌いな名前だった。
里中の人に嫌われ、憎まれている名前。
どんなに見下げられても、皆俺にだまされているんだ、と笑ってやることしかできなかった。
だけどそれはとても淋しくて、意味を持たない。
だけど。
いつの頃からだろうか、自分でも幸せになれるのではないかと思えるようになったのは。
それはシカマルのあの言葉を聞いたときのことではなく、それよりもずっと前のこと。
そう、イルカ先生やキバ、チョウジ…そしてシカマルと知り合って、仲良くなった時からかもしれない。
それまでは九尾の器、とか化け狐…などなど俺の名前を俺という存在を認めたうえで呼ぶ人なんていなかった。
クラスメートも親の言うことを信じる奴ばかり。
だけど。
周りに何を言われようとも、ナルトと呼んでくれた。
他の生徒と同じように俺を叱ってくれた。
一緒に笑ってくれた。
名前を呼ぶと、何だよ、って振り返ってくれた。
それはとても普通のことだけど、それが死ぬほど嬉しかった。
なぜ暗闇の中でそれを思い出さなかったのかが不思議なくらい、鮮明に思い出すことが出来る。
もう一度、名前を呼ばれて、意識が浮かび上がるように感じた。
「ナルト!」
深い眠りについたかに見えたナルトの手にぴく、と動き、パチ、とナルトの瞳が開いた。
やっと目を覚ましたナルトに、シカマルはほっと胸を撫で下ろす。
死んだのではないかと思うほど、先ほどのナルトの顔には生気がなく、青白かった。
目覚めたナルトは状況が把握できないらしく、ぱちぱちと目を瞬きを繰り返した。
「ナルト?」
心配そうに呼ばれ、ぼんやりとシカマルの顔を見ていたナルトは意識を取り戻す。
先ほどまで、暗くよどんだ場所にいたはずなのに…不安そうに上から見下ろすシカマルがいて。
「シカマル!?」
と、声を大にして呼んでしまった。驚きをこめて。
いきなり大声を出したナルトにシカマルは何だよ、と照れたようにいすに腰をかけた。
うなされたナルトに焦って感情を乱したことに自分らしくない、と感じながら。
何でこんなところに、と驚きでいつになく混乱するナルト。演技ではなく素で。
なぜ俺の部屋にいて、さっきはあんなに近くにいたのか…ということ。
久しぶりに間近で見たシカマルの顔を思い出し、体の温度が少しだけ上がったように感じる。
あたふたとするナルトを気にすることなく、シカマルは先ほども間でうなされていたナルトを思い、眉をひそめる。
もしかしてサスケを連れ戻すことが出来なかったために、一人悩んでいるのではないか、と。
「どうしてここにいるんだってば!?」
「お前が帰ってきたって聞いてな。様子を見に来たんだよ。」
言い方はぶっきらぼうだが、明らかにナルトを心配していたということが伝わってきて。
へへへ、と心から笑ってしまった。
先ほどまで苦しいほど悩んでいたというのに、それを忘れてしまうくらい。
「ありがとうってば。」
「あぁ。…それよりお前さっきすげぇうなされてたけど…そんなにひどい悪夢でも見たのかよ。」
「え?夢見てたってば?覚えてないってばよ~!」
本当にうなされてたってば?と首を傾げるナルトに、シカマルは呆れたようにため息を吐いた。
うそ。
本当は覚えてる。
凍えそうなほど冷たくて暗い場所。上から響いてきたシカマルの声に助けられたこと。
でも。
元気で前向きなナルトはそんな夢は見ない。
それに見たとしてもそんなこと人に話さない。
それだけは、そこだけは俺と同じ。
だから。
夢のことなんて言わない。
名前を呼んでもらって助けられた、なんて言わない。
会いに来てくれただけで嬉しい……なんて言えない。
ありがとう。
感謝の気持ちと、言葉に出せない気持ちをこめて。
名前を呼んだ。
シカマル、と。