朝の仕事を終え、やっとお昼ご飯だ!
と背筋を伸ばしながら、食堂に向かう沖田と山崎の姿を他の隊士は仲がいいなぁと見守っていた。
最近山崎と沖田隊長が一緒にいるようになってから、沖田隊長の機嫌がいいと一番隊の隊士は喜んでいたのだ。
突然大砲を向けられることもなければ、副長とのけんかの仲裁に借り出されないでいいようになって…これほど平和なこともない、と隊士達は思っていた。
山崎は他の隊からいきなり助勤に抜擢され、隊士から嫌がられるかなと少し思っていたのだが、そんなことは全くなく、ものすごく歓迎されていた。
というか、「ありがとう!!!」と号泣された。
ご飯を取る時も、横に沖田隊長、そして周りを一番隊の隊士がずらりと囲みこむ。
普段こんなにくっついて食べていただろうか?
昔の―といってもつい最近のことだが―思い返しても、沖田隊長が他の隊士と食べていた…という記憶はない。
いつだって副長の傍でからかっていた…と思う。
何故こうなったか、なんて考えてもわからないので、とりあえず目の前の食事に手を伸ばす。
食べながら、副長はどこかなぁと探すが、いつもの定位置に姿はなかった。
「隊長?副長の姿が見えないんですけど、見回りにいったんですかね?」
「隊長?って誰のことかなぁ。今って仕事中ですかぃ?」
と冷たい目でちらりと俺のほうを見てくる。
やばっ、と思って、すぐに「ごめんなさい、総悟さん。つい習慣で…」と言い直すと、沖田はさっきまでの不機嫌顔から一転して、ニコニコと笑った。
「それでいいんでさぁ。退。」
この様子を見て、周囲の隊士はざわざわと騒いだ。
「沖田さんが笑ってるぜ?」
「あぁしかもさっきものすごく怖かったのに、今は嬉しそうで…」
「やっぱすげぇなぁ、山崎って。さすがに副長の手綱を引いていただけあるぜ。」
と内緒話を横でする隊士たち。
話は聞こえているだろうに、沖田は口を出すことをせず、黙々と食事を続けている。
内心その通り、と拍手を送っていたのかもしれない。
食べ終えて、食器を片付けていると、ぽんと肩を叩かれた。
振り向くと、隊士があっちあっちと指を刺している。
そっちの方を見ると、なぜか局長が俺に手招きをしていた。
「どうしたんですか?局長が俺を呼ぶなんて仕事ですか?」
そう聞きながら、局長の横に座った。
局長はなんだか困っているような顔で頭をぽりぽりとかいている。
「あ~実はなぁ。ト「近藤さん、俺も話しに混ざっていいですかぃ。」
と食器を直し終えた、隊長が俺の横にどかっと座った。
ちなみに俺は正座、隊長は胡坐で。
「あぁもちろん。で、え~とな。二人の調子はどうかなと思って。」
言いかけた言葉を飲み込み、混同はどう切り出そうかと悩みだす。
「そりゃぁもちろんいいでさぁ。」
といい笑顔で笑う沖田に、近藤は内心土下座でもしたい気分だった。
「そうですね。たい、じゃなくて総悟さんも仕事ちゃんとやってくれますし。」
ねっと言うように顔を見合わせて笑う二人に、局長は一緒に笑いながらも、小さくため息をつく。
総悟が名前で呼ばせるたぁこりゃ本気だなぁ。
血の雨が降る予感がするが、近藤に止めるすべはない。
「あ~そうかぁ。よかったなぁ。」
「はい。あっところで気になってたんですけど、副長はお昼もう召し上がったんですか?今見えなかったのでどこかに出かけているのかなと思ったんですけど」
と土方を気遣う言葉に近藤は激しく涙を流す。
「や゛~ば~ざ~ぎ~!!やっぱおまえっていいやつだなぁぁ!!!」
一向に近藤の涙は止まらない。
どうしたんだろう、と山崎は困惑し、まぁまぁと近藤をなだめる。
沖田は暗い顔をして近藤をなだめている山崎のことを見つめていた。
ぐずっ、と鼻水をテッシュでふき取り、ようやく泣くのをやめた近藤局長。
ここまで豪快に泣ける近藤は、ある意味大物なのかもしれない。
「ったく、なんで泣いたんですか?いい大人ななんだから、ちょっとは周りを気にしてくださいよ!あんたは新撰組のボスなんだから!」
「あ~すまんすまん!つい涙腺が緩んでなぁ。」
と言いながらもまだ鼻をズリズリさせている。
「全くですぜぃ!山崎の手を煩わせるんじゃありやせんぜぃ!」
「うっ、す、すまん…」
と沖田に謝る近藤局長。
この構図は珍しいどころではなく、初めてではないだろうか。
沖田は相手かまわず、怒られ役、怒らせ役だったのだから。
最も怒られても気にすることなんてなく、いつもマイペースだったのだが。
「あ、いいんですよ!局長申し訳ありません!余計なことを言ってしまって。」
と二人の間に入ってとにかく誤り倒す山崎。
いくら親しい間柄とはいえ、局長にそんな態度を取っている沖田を隊士が見れば余計な噂が立ってしまうかもしれない、そう考え山崎はひたすら頭を下げた。
その様子を後ろで見ていた沖田はすっかり機嫌がよくなったのか、
「少し言いすぎましたぁ。すみやせん。」
と近藤に頭を下げたので、これには山崎も近藤もびっくりして沖田を凝視した。
こんなに素直に、しかも誰に言われることなく謝罪したのを見るのは近藤も初めてだったのだから。
「お、おまえ変わったなぁ?」
「そうですかぃ?そんなに変わってないですぜぃ。」
「いやいや、やっぱり山崎はすごいなぁ。」
と近藤は感心したように山崎を見る。
近藤の尊敬するような視線を感じ、山崎は俺は何もしていない、と思った。
だがさっきの話が気になっていたので、そのことを質問した。
「で、さっきの話なんですけど…副長がどうかなさったんですか?」
「あ、あぁ。実はなぁ…
と近藤は山崎が沖田のところへ行ってからの土方の生活、仕事ぶりなどを割愛しながら話した。
若干の修正を加えて、もし真実をそのまま話せば山崎が心配して、戻るといいそうだったから。
戻ってもらった方がトシにとっては都合がいいが、それでは総悟がかわいそうだ。
だから山崎がいなくて少し不機嫌で、仕事をずっとしている…とだけ伝えた。
「本当に大丈夫なんですか?」
目に浮かぶ副長の不機嫌そうな顔。
局長は少し機嫌が悪いといっているが、本当はもっと重症なのだろう。
沖田隊長の手前、はっきりということは出来ないのかもしれない。
「う~ん、後で様子を見に行ってもらってもいいか?」
「そいつぁだめでさぁ!今の山崎は俺の助勤ですからねぃ。」
はい、といいかけた山崎の口を隊長は押さえながら、近藤局長に拒否の意をはっきりと伝えた。
「総悟~そんな無理言うなよ?な!一回だけでいいんだから頼むよ?これから俺と二人で見回りに行こうぜ?その間に山崎は副長に顔を見せに行くということで…どうだ?」
と土下座でもしそうな勢いで頼み込む局長には、さすがに嫌だ、といえなかったのだろう。
まぁ新撰組内で局長の頼みを断る隊士なんざいない。
みな局長を慕って、命を懸けてもよいと思っているのだから。
それは隊長も同じことだ。
特に隊長と局長と副長は新撰組が出来る以前の間柄だから、思いだって俺よりもずっと強いに違いない。
そう思うと懐いていた猫が別の人に懐いていってしまったような淋しい気持ちになった。
「しかたないですねぃ。」
と沖田はいい、すくっと立ち上がった。
「行くなら早い方がいいでさぁ。今から外回りいってきやす。その間にどうぞ。」
「あぁ。すまんな。総悟、ありがとう。」
と安心したように局長は礼を言った。
山崎の方を見ると、まるで安心してください、というかのようにこくっと頷かれた。
「総悟さん。外回り終わったら、お茶にしましょうね!お土産をよろしくお願いします。」
沖田は局長が準備をする間、ぼぉっと外を眺めていたが、山崎にそういわれ、
「楽しみにしててくだせぃ。じゃぁ行ってくらぁ。」
と局長を伴い、元気よく屯所を出て行った。
先を行く機嫌のよさそうな沖田を見ながら、局長は思った。
こんなに要所、要所で心をくすぐられちゃぁ総悟だろうとトシだろうと落ちちゃうかもなぁと。
言ってほしいときにその言葉を、そしてしてほしいときにその行動を躊躇なく行動してくれるやつなんてなかなかいない。
傍において置いたら、手を離せなくなってしまうんだろうなぁと、自分の手元においておかなかったことに安心しつつも、少し残念な気がしていた近藤だった。
「総悟、本当にありがとうな!」
「いいんでさぁ。もう気にしないですだせぃ。」
屯所を出て、町を散策すること5分。
町は平和そのもので、今日は新撰組の出番はなさそうだ。
まあ町で起きた事件やテロ活動を取り締まるために、町の平和は半分くらい新撰組に壊されているのではあるが。
それより、と沖田は周りを見回していた。きょろきょろと何かを探すように。
あぁ、と近藤は沖田が出先に行っていたことを思い出す。
確か土産を頼まれていたな、と。
山崎が少しでも喜びそうなものは何か考え、探しているのだろう。
「あ、ちょっとあそこに寄っていいですかぃ?」
と指差す先には予想通り、歌舞伎町でもおいしいと有名な和菓子屋さん。
そういえば山崎は洋菓子より和菓子の方が好きだったなと思いだしつつ、総悟の後についていった。
「あら?こりゃあ新撰組のお二人じゃねーの。二人でいるなんてめずらしーね。」
「旦那こそお一人で珍しいですねぃ。チャイナや眼鏡は一緒じゃないんですかぃ?」
「っていうかお妙さんは一緒じゃねーの?!俺最近忙しくて顔を見に行く暇がないんだよね!お妙さん最近どう?俺のことなんか言ってた?」
ガチャリ、と沖田は局長の頭にバズーカの標準を合わせた。
「近藤さん、少し黙っててもらえますかぃ?」
「…すみません。もう何も言いません。」
「全くかわらねぇな。あんたも難儀な上司を持つと苦労するねー」
「いえいえ、お宅のチャイナほどではございやせんぜぃ。」
「…あっそう。ところで和菓子とか珍しいねー。すごい刺激物好きそうな感じするんだけど。」
「俺だってたまには和菓子くらい食べたくなりやさぁ。」
とフィッと顔を背ける沖田の後ろでニヤニヤと笑うストーカおじさん、もとい近藤局長の姿があった。
心境的には思春期の父親なのかはわからないが、かなりきもいぞ、銀時は心の中で…
「って声にでてんぞ!!?誰がきもいねん!」
といつもぼけ専門なのに突込みを入れる近藤。
しかし援護はいない。
「俺も賛成でさぁ。まるで思春期の娘があんなことやこんなことをしてるのを見ているみたいでさぁ。」
「ってそれは全然違うでしょ!っていうか何言ってんの!?お父さんはそんなふしだらなことをいう子に育てた覚えはありません!」
近藤はそこまで言い切って、次の反応を待った。
待って、待って、待ったのだが、反応は返ってこない。
それどころか二人は離れたところで俺を無視して話を進めていた。
「へぇ。旦那もよくここに来るんですかぃ。お勧めはどれですかぃ?」
「そうだねぇ。これとかかわいくておいしいと思うよー。あとそれも。銀さんいっつも買っちゃうよ。」
「二人とも無視しないでください。」
「「…あ、いたの。」」
無駄に仲のいい二人に肩を落とす近藤。
いつもぼけて突っ込まれるほうだから知らなかったけど。
ごめんなさい、突っ込みの方ってこんなに苦労してたんですね。
今度から気をつけようと思います。
「旦那はどれを買うんですかぃ?」
「そうだねぇ。やっぱさっき薦めたのと…今日はこれとこれかなぁ。」
「ふぅん。それもおいしそうでさぁ。」
銀時の助言を聞きながらも、沖田はああでもない、こうでもないと、品物を展示してあるガラス棚をじっと見つめた。
その様子をボーっと見ながら銀時は先ほどから気になっていたこの場にいない人物について聞いてみることにした。
「そういえばいつもいっしょにいる多串くんは今日は一緒じゃないの?」
「…今日は違いまさぁ。それに俺たちいつも一緒なわけじゃありませんぜ。」
ね、と近藤に同意を求め「それにあいつは今、いやなんでもありやせん。」とふっと自重気に笑った。
「ふーん。なんか鬼が本当の鬼になったて噂聞いちゃったから気になってねぇ。最近町でも見かけないし…見かけないといえば、ジミー君も元気してる?」
「ジミー君?ってだれのこと?」
「本名は…とにかくミントンして多串君に殴られてる人…かな?」
「あぁ山崎のことですねぃ。山崎になら元気にしてまさぁ。このお菓子も山崎へのお土産ですぜぃ。」
そういった沖田に銀時は顔には出さなかったものとても驚いていた。
会えば、いつも破天荒なことや、神楽とけんかしているので、人に何かをしてあげようとするイメージがなかったから。
近藤はうんうんと頷いている。
「仲いいんだねぇ。銀さんも一緒に行っていいかな?久しぶりに多串君にもあいたいし。」
「あ~そ「いいでさぁ。歓迎しますぜぃ。」
と近藤の言葉をさえぎり沖田は言い、さっき銀時の勧めた和菓子と他にもいくつか買った。
近藤は沖田が嫌だというのではないかと思い、断ろうとしたのだが、沖田がいいならいいかと思い口を閉じた。
しかし!
いくらなんでも何か言ってほしい!そう思って。
店を出て、先を行く二人を見、近藤は空に顔を上げた。
どうか俺の威厳を返してくれ。
最初からないものを返せるわけねぇだろうが!!
どこからともなくした声が聞こえたような気がして。
ガクッと肩を落として、先を歩く二人を追っかける近藤。
近藤の祈りに対する神からのお告げであったのかもしれない。