闇、昔はそれが俺の一部だった。
憎しみ、それは俺に向けられるただ一つの感情で。
人として扱ってくれるのは今は亡き、三代目火影ただ一人だけ。そのただ一人のために木の葉にいたのだけど。
今は。
俺を認めてくれる仲間のため。真実を知り、すまなかったと謝る新しい火影のため。
そして。
「よく来たな。ナルト…いや弧葉だったな。火影に就任して木の葉の現状を調べたのだが…思ったとおり忍びの質が落ちているようだな。」
狐の面をかぶった黒装束の男が、綱手の正面へと立った。
フードのようなものをかぶっているので、髪の色すらわからないくらいだ。
綱手はその忍びに、仮面をはずせというように目配せをした。
パサッ。とはずした仮面を左手に持ったままに。
仮面の下から現れたのは碧い瞳に、ほほに引かれた三本の傷。そして金色に輝く髪。
綱手はその顔を見て、ある人のことを思い出す。
血筋だろうな…と思わせるような風格さえ感じる。
この姿は未来を想像しての変化、というところか。
いつもドベを装っている姿からは想像もつかないのだけれど。
この姿を見れば、里のものも気づくことだろう。
自分たちの犯していることの罪の重さに。
「いつもその姿に変化しているのか?」
「あぁ。そうだけど、何?」
「いや、成長させただけのようだから、ピンとくるものがいてもいいと思ったんだけどねぇ。」
「いないに決まってるだろ。仮面もはずしたことなんてないし。」
「そっか、ならいいんだ。あ、話は戻るんだけど、忍びがどうもねぇ。」
正体を教えたことがない、というナルトの言葉に多少淋しさを感じつつ。
「それは…仕方ないんじゃねぇの。今は戦乱の世じゃないし。暗部に属しているものは修練を欠かしていないと思うけど、他のものとなると…特に下忍の班を受け持っている上忍とかは、特にね。」
「確かに…お前の班の…カカシとかいったな。イタチにやられたと聞くし…あ~!もう!!他にやらなきゃならないことは山積みなのにねぇ。」
そう言いながら、綱手は手でバンと机を叩く。
もちろん、力を全くいれずに。綱手が力いっぱい叩けば机どころか床も抜けてしまうところだろうから。
三代目が死んでから、側近には処理しきれない書類が山のように溜まっていた。
加えて、サスケ救出のために砂に助けを求め、そのお礼状を送るなど、仕事ばかりの毎日で。
火影に就任することに納得していた綱手も、さすがに道を誤ったかもと後悔したことは数知れず。
今ではギャンブル三昧だったあの頃が懐かしい。
「…実力を急激に上げるのなら、やっぱり死ぬほど危険な状況に落とすしかないんじゃない?」
ニコニコと笑いながら、当事者にとっては地獄のような提案をする。
それを聞いて、綱手も確かに、と考え出す。
「私も…命のかかった状況ではそれ以上の実力を出すことが出来たしな。」
にやり、と何かをたくらむかのように綱手は笑った。
ナルトも綱手と目を合わせて、ニヤニヤと笑う。
「俺って子どもなのに働きすぎだと思わない?だ・か・ら、俺の任務をちょっと、ね。」
「そうだな。確かにお前はがんばりすぎだ。たまには子どもらしく大人を頼らなければな。」
「流石綱手だな!話がわかるぜ。」
「まぁな。ではお前にはしばらく休みを与える。ゆっくりと疲れを取るがいいだろう。」
「え!休みくれるの?それは嬉しいんだけど…て大丈夫なのかよ!!?」
自分の任務の半分くらいが減るのかと思っていたのだが、休んでもいいといわれナルトは驚く。
暗部に入隊してからこの方、休暇をとったことなどないのだ。
綱手はそれを知っているのだろうか。だから、休め、と。疲れを取れと俺に言うのかもしれない。
「だけど…俺が受ける任務って全部難易度がSSとかSばかりだぜ?任せられないものがかなりあると思うんだけど。」
ナルトが行う任務内容を把握していたが、綱手は他の忍びにとってどれほど難易度の高い任務かということを少し前まで知らなかった。
それを知ったとき、どれほど自分の無力さを嘆いたことか。
子ども一人に助けられて…本当にこの里は…と自己嫌悪に陥りながらも、それを顔に出すことはなく。
「そうなのか?だったらその任務は期限ないに遂行できるように日程を組んでおくから、大丈夫だ。」
困るかと思いきや。
すんなり大丈夫、と綱手に言われナルトは少し戸惑う。
「任せておけって!それより…シカマルっていったかぃ?つい先日会ったけどなかなか骨のありそうなやつじゃないか。」
「え、ま、まあね。そりゃそうだけど…何で会ってんだよ?」
つい先刻ナルトも見舞いにきたシカマルに会ったばっかりだというのに、ずるい、とでもいうかのようにジトッと綱手を睨んでしまう。
殺気を放ちながら鋭い視線で睨むナルトに、綱手はコレは面白い、と内心笑いつつ。
任務から戻ったシカマルに会った時のことを語りだす。
それは瀕死のこの手術が成功した後のだった。
「シカマルは軽症だったから良かったんだけど、他のものが重症でね。その子達を治療し終わったときに話したんだよ。その時は…かなり真剣な話をしてたねぇ。あぁ、父親と砂の…テマリだったかな。一緒だったよ。」
あの時は本当に助からないかもしれない、そう思ったけど、奈良家秘伝の調合薬があったからこそ、命をつなぐことが出来たようなものだ。
まあ、それがなくても私の腕だけで大丈夫だったかもしれないけど。
3人は少しの間、治療室から出てきた綱手に気付かなかった。
シカマルは背を向けていて。
3人の間には少しだけ険悪な雰囲気が漂っていた。
しかし。
私が手術は成功だ、そう告げて。緊張が解けたのだろうか。
涙を流しながら、次こそは、と決意をするシカマルに。
ここにも木の葉の新たな火の種は育っているのだな、と綱手は嬉しく思った。
もともと今回の任務は下忍編成で行うには荷が重過ぎる任務だった。
生きて帰ってきたことさえ、奇跡に近いことなのだ。
いくらナルトが一緒とはいえ、後になって無茶だったかも、と考えるほどに。
だから、砂に助けを頼むことになったのだ。聞くところによると、それは正解だったようで。
皆、かなり危ない状況だったようで。
シカマルも危ない状況をテマリに助けられたとか。
死者がでず、本当に良かった。
などということを綱手はその時のことを思い出しながら、話していると。
いつの間にか、ブスーとした表情になっていて。
どうしたんだぃ?と声をかけると。
「何でもない。」
そう言って綱手に続きを促す。
先ほどよりはいくらか和らいでいたがそれでも眼光は鋭く、笑っているようには見えない。
「話はこれで終わりだよ。」
「あっそ。」
と素っ気ない返事を返しながらも、ナルトの頭にはシカマルと…テマリのことばかり浮かんでいた。
テマリといえば我愛羅の姉で、今は亡き砂影のご令嬢。シカマルとの関わりもかなり深い。
確か…中忍本試験のときにシカマルと戦っていた。
その時は、シカマルがギブアップしたのだが。誰の目から見てもあの試合の勝利者はシカマルだった。
それはテマリにもわかっていたようで、やりきれなさそうな表情を浮かべていた。
そのテマリに助けられたのか。テマリにピンチを救われたシカマルはテマリのことをどう思っただろう。
二人は(三人)は何を話していたのだろう。
それを考えると、いてもたってもいられなくなった。
綱手に問われても、「あぁ」とか「うん」などと生返事しか返せなくて。
二人のこと以外、何も考えられない。
「ナルト?本当に大丈夫かぃ?」
「あぁ。」
返事を返されても、深く考え込みだしたナルトに綱手は少々困惑気味。
さっきの話の中で、今のナルトの状況になった原因に思い当たることはあるけれど。
こんなに暗く…考え込むとは思ってなかったので、心配になる。
帰って休んだ方がいい、と綱手が言うと、ゆらりとドアの方へ歩き出した。
礼もせず去っていくナルトの後姿には、普段からは考えられないほど元気がなかった。
大丈夫か、と。
綱手が思わず呟くほどに。