「こんばんはー。珍しいですね。火影様が飲んでいるなんて。」
そう言いながら、ぺこりと頭を下げる三人。
「あぁ、ちょっと息抜きをしたくてね。」
三人と会話しながらも、綱手は自分だけに向けられた鋭い殺気を感じ、この場をどう切り抜けようか、と焦っていた。
ただでさえここに半ば無理やりつれてきたというのに…。
まさかこの三人と会ってしまうとは。さすがの綱手も予想だにしていなかった。
何しろナルトの…いやナルトが裏で暗躍しているという暗部の存在は極秘事項なのだ。
噂にならのぼったことがあるかもしれないが、ナルトが行う任務は単独任務がほとんどだ。
誰かと一緒になったときにさえ、適当に名前を呼ばせていると聞く。
名前をつけようか、と聞いたことがあったが、必要ない、と断られた。
3代目にも同じように聞かれた、と笑っていたが、名前を名乗る必要のないという状況が不憫でならない。
だから。
コンビとして適当な名前をあげては見るけれど、誰一人として是といってくれない。
「火影様の連れの方のお名前を教えてもらってもよろしいでしょうか?私見たことがないんですけど、木の葉の方ですよね?」
綱手の正面にいる私たちからはちょうど死角になっていて見えなくて。
「あー、こいつはねぇ、…」
何かを迷っているような面持ちの綱手を見ていると、非常に興味をかきたてられる。
ちら、と紅は首をかしげて綱手の後ろへと視線を走らせた。
「え…」
紅は思わず驚きの言葉を発した。
気配を全く感じさせないその男はそこにいるのにいないような儚さで。
他を圧倒する整った容姿が紅の目を奪い、ぼーと見とれてしまう。
「紅、どうしたの?」
ぼーとしている紅に気づいたカカシ。
何事かと思い、紅の視線をたどり…
そして男の姿を見て、紅と同じように言葉を失った。
男から見ても、眉目秀麗といった言葉がとてもよく似合うほど美しい。
しかしカカシにはどこか見覚えのある顔だった。
遠い昔どこかで見たことのあるような…
「お前たち…どうしたんだ?」
どうごまかそうか、と考えているとカカシと紅があらぬ方向をじっと見ている。
その方向は確か、背後にいるナルトの方で。
「え、あの、こちらの方は…?」
「あ、あぁ。こいつは……「私は暗部に属しているものでございます。」
そして静かにお辞儀するその姿に、再度三人は見とれてしまう。
「お名前は…教えていただけ…ないですよね。」
ギロリ、と睨まれて、すごすごと引き下がるカカシ。
カカシも暗部に籍を置いていたことがあるから、わかってはいたのだ。
暗部たるもの、身分を明かしてはならぬ…ということを。
最も、カカシは以前よりビンゴブックに名を連ねているので、その点の知名度から言えばその辺の芸能人より知名度は高いかもしれない。
とにかく、暗部の招待は絶対秘密、というのは忍びであれば誰でも知っている常識である。
だからもちろん、名前を教えてほしいというカカシの願いは却下された。
「当たり前です。」
「そうですよね、はは。」
ズバ、とさわやかな笑顔で返され、少し苦笑気味にカカシは笑った。
笑顔で言われたのに。
無意識に体が反応したように、冷たい汗が背中を伝うのはなぜだろう。
「そういうことだ。挨拶はもういいから、お前たち自分の席に戻れ。」
しっし、と追い払うような仕草で綱手はナルトの方を窺いながら言った。
先ほどの思い切りのいい返事といい笑顔といい、どうもナルトの機嫌がどんどん下降しているように思われて。
早く三人を追い払いたいのだが。
どうにも思い通りにはいかないものだ。
「え~!そんな冷たいこと言わないでくださいよ。火影様と会えたのも何かの縁、ということで一緒に飲みませんか?」
なぜか、その男のことが気になって、カカシはこの場からおとなしく引き下がる気になれなかった。
それに便乗するようにアスマと紅も「是非一緒に!」と誘い出した。
「…でも、ねぇ。」
急に熱心に誘い出した三人に綱手は困惑し、言葉を濁す。
いつもこんなに意見を合わせるところなんて見たこともなかったのに、なぜこんな時だけ一致団結しているのだろうか。
お願いします、と頭を下げる勢いで迫る三人…特にカカシには呆れすら感じた。
こんなに真剣な表情をしているなんて、任務中でもめったに見られないだろうから。
「……仕方ないですね。火影様、俺はいいですよ。そちらの方々も諦める様子はなさそうですし。」
はぁぁ、と大きなため息をわざとらしくついて。
少しだけです、と付け加えた。
なんだか、どうでもいい気分だったのだ。
普段であれば、三人が近づいてきた時点で瞬身の術で消えているだろうけど。
綱手に誘われそれに着いていくことも稀なことではあった。
それほどに、シカマルと会う機会がない、ということがナルトの想像以上にナルトを苦しめていた。
任務がしばらくないということが、ナルトの緊張感を途切れさせたのかもしれない。
「そうかい?そういってくれると助かるよ!」
張り詰めた緊張感から解き放たれた綱手はよかった、とほっと息を吐いた。
このまま、三人から逃げるのは難しそうだったから。
もし逃げたとしても後日しつこく質問してきそうな予感がひしひしとするのは気のせいだろうか。
三人が興味を持つのもわかる気がする。
本人はそれほど意識していないが、この男とすれ違えば間違いなく振り返ってみることだろう。
本人に自覚がないということが一番の問題なのだが。
こうして、おかしな組み合わせの飲み会は始まったのである。
「…で、なんて呼んだらいいですか?」
呼び名がわからないと、呼ぶとき困るし、とカカシは言うと
「…ではエイと。」
名前と聞いて、シカマルを思い出す。
最近何かを考えようとすると、シカマルの顔が浮かんでしまう。
どうしようもないなぁ、と思いながらも、シカマルといえば影かなぁ、と。
安易に考えて、エイという名前を口に出した。
少しでも、シカマルと繋がっていたいという想いから。なのかもしれない。
「エイさんって…その姿変化なんですか?」
ぎこちなくではあるが会話は進み、紅は一番気になっていることをエイに質問した。
どうしても、気になってしまうのだ。
これほどに人の目を引く容姿をもっていれば、必ず一度くらい私たちの耳に入っていてもおかしくない。
蒼い瞳を隠すように長いまつげが下を向いていて。
眼差しは強気なイメージなのに、儚げで。紅が惑わせられそうなほどの何かがあるように感じさせられた。
紅が女だから、というわけではない。
横の二人も同じようなことを、もしかしたら男の方がよりそう感じるかもしれない。
「…そうですけど。」
「へぇ、そうなんだ。道理で見たことないと思った。年も偽ってるの?年くらい教えてくれない?」
ヘラヘラと笑いながら、タメ語で話しかけるカカシ。
しかしそれには答えず、無言で酒を煽るエイ。
綱手とアスマ、紅はなんて緊張感の欠ける奴だ、と内心呆れていたが、カカシはへこたれることなく
「ね~ぇ。それくらい教えてくれてもいいんじゃない?俺ってば暗部の先輩だし、口堅いよ。」
「………」
完全無視、である。
カカシの相手をするのに少し、いやかなりうんざりしていた。
事あるごとに年や名前、その他のプロフィールを質問してくるから。
カカシからの問いかけにはほぼ無言で返していた。
「でもエイ…さん…。だぁーだめだ!さんつけなくてもいいっすかね?どうも性分じゃなくて。」
最初からさん無しで呼んでいたカカシとは違い、アスマは律儀にもさん無しでいいか聞いた。
別にいい、と返事をすると、アス間はほっとしたように話の続きを始めた。
「エイって暗部の中でも強そうなんすけど。どのくらい強いんすか?」
アスマはカカシを暗部に所属していた時代から知っていたから、暗部となるためにどのくらいの強さが必要かということは知っていた。
だから、この男がどの程度強いのか、気になったのだ。
気配の消し方や振る舞いから推測するに、暗部の中でも強いということはわかる。
火影と懇意な間柄、ということから里でそれなりの地位にいるのであろうが。
アスマには全くといっていいほどエイの正体について、見当がついてなかった。
木の葉に長く住み、忍びとして暮らし、かつ難易度の高い任務を巻かされるようになれば、大抵の主戦力の忍びと顔を合わせる。
だから暗部は正体不明と規定で決まってはいるが、ある程度予測はできるのである。
強さがどの程度かわかれば、正体にたどり着くかもしれない、とアスマはそう考えたのである。
口に出さないまでも、正体を知りたい、と思っているのはカカシだけではない、ということである。
「……「強さ~?強いに決まってるじゃないか!こいつは里一ばぁ!!?いったぁ!!」
ゲシ、と痛そうな音とともに、綱手が声を上げた。
赤くなった足をさすり、綱手は悶絶している。
とても、痛そうである。
カカシ達は蹴っただろう張本人をジーと見るが、顔色ひとつ変えずに食を進めている。
カカシは面白そうに、あとの二人は恐ろしいものを見るように。
何しろ火影を蹴ったのだ。(火影が悶絶するほどに強く)
その行為は反逆罪として、罪に問われてもおかしくなかった。
もっともその判断を下すことのできる綱手はエイに対し、ひたすらに謝っていたのだが。
威厳も何も感じられないその姿に、脱力したのは三人だけではなく、その思いは店にいたもの全員に繋がるものだったに違いない。
何はともあれ綱手の失言のもとに、エイが里一番の忍びであるということを知ったのであった。
**************
そして大酒のみの綱手が酒瓶を何十か空にした頃。
もうこれまでだな、と俺は綱手を連れて席を立った。
グデングデンに酔いつぶれたアスマやまだ飲みたりない顔をした紅。
そしてまだいいでしょ?としつこいカカシ。
「こんなに言ってんだからまだ良いだろ~!」
「何言ってんですか?火影様がこんな遅くまで飲んだくれていたらだめに決まってるじゃないですか。」
それに俺、まだ未成年ですし。
と心の中でつぶやきつつ、会計を済ませて強引に綱手を店の外へと押し出した。
「本当に帰るんですか~?ならせめて連絡先とか教えてくださいよー。」
「無理です。それでは失礼いたします。」
カカシを軽くいなして、ナルトはペコ、と礼儀正しく頭を下げた。
この店から火影の館までは歩いて10分もかからない。
しかし護衛無しで帰らせるにはいかず、綱手の歩行をサポートしながら該当を頼りに道を歩く。
「いい気分だな~。」
「そうですね。でも飲みすぎですよ。」
「そんなに飲んでなって、それに二人なんだし何で敬語なんだい。」
「誰が見ているとも限りませんから。」
「ふーん。」
つまんなそうに口を尖らせる。
「でも、いい気分転換になっただろ。」
「…そうですね。思いのほか。」
確かに先ほどまで頭を占めていた悩みが幾分軽くなったように感じる。
心配してくれた綱手の気持ちがわかって。
「ありがと。」
と酒の力を借りてか、いつになく素直に言葉が出てきた。
「え?」
と驚いたように綱手はナルトの方を向くも、その姿はなく。
気がつけば、もう自宅へ着いていて。
「送ってくれて、ありがとよ。」